ドンマイ

『あねとあなた』さんの作品

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『温かな宝石箱の時間』

作 あねとあなた

コミュニケーションと聞くと話す事だけに重点を置いている気がする。 どう話すか?とか、どんな面白い事を言うか、というような風潮のように思う。

私には、それとは違った意味で忘れられない人がいる。その人は中学時代の難聴の先輩だ。

10年以上前のことだ。私は苛められ友達がいなかった。私は淋しくて淋しくて堪らなかった。 勉強もスポーツも得意ではなかった。成人してから人との関係を作れないコミュニケーション障害だと分かった。 当時はもちろんそんな事はわからないので、相当落ち込んだ。“皆ができることができない。なんで私だけ”と。

でも、思うだけじゃ嫌だった。私は恥ずかしかったけど、友達になって欲しい子にあいさつを始めた。 靴箱であいさつをしたが、全然距離は縮まらず、それどころか「いちいち話しかけてくる。」と言われてしまい挫折した。

しかし、その中であいさつを返してくれた人がいた。それが先輩だった。 難聴の為、最初は気づかなかったが、首をコクンと下げてくれた。とても嬉しかったのを覚えている。 その先輩とは小学校も同じで以前から知っていた。彼女は一つ年上の先輩だった。

小学校五年生の頃、当時少子高齢化が叫ばれ、福祉のニュースの一環で障害者の人々の話もさんざん報道され、 単純な私は障害のある人と接する仕事がしたいとそのとき思っていた。 そのせいか、何となく支援学級に興味を持ち、気に留まったのが先輩だった。 興味を持ったのは、他の支援学級の子達は知的障害なのに対し先輩は聴覚障がい者だったからだ。

彼女はひかえめで優しそうに見えた。 実際、廊下で擦れ違う時、他のクラスメイト達とニコニコ歩いている所を何度となく見かけていた。 そして、先輩の明るく長い髪は生き生きと揺れていた。

5月になって体育祭の練習の時、先輩をみかけた。先輩の表情は硬い。 いつも のクラスと違ってイベントで一人、普通学級に加わっていなければならない。 いつものクラスと違い気心が知れていないからか、一人でじっとしている先輩の髪は少しも揺れていなかった。 同じ学校の生徒なのに普段交流がないせいか、仲良くなってみたいという気持ちは周りの同級生にはない。

それを見て淋しく思っていた私は、先輩にもあいさつしようと思い実行した。 小学校とは違い、中学校は移動教室が多いからあいさつをする チャンスは多い。 私の通っていた学校は校舎が二つあり、両方の校舎を使っている。片方は筆記の授業をする校舎、もう片方は実技の校舎。 どちらの校舎も頻繁に使われており、学年の違う先輩にも会えるはずだ。そして、私は先輩に会った時、お辞儀をした。 彼女は最初、気づかず通り過ぎて行ったが一週間たつ頃には気づいてくれて一か月たつ頃にはあいさつを返してくれた。 三ヶ月がたった頃には笑ってくれた。

私はその頃いじめられていて、先輩の笑顔に何度となく助けられた。

でも、いじめのせいで学校を休みがちになった。心身の調子が悪くなったのだ。 でも当時、私のなりたかった職業は大学に行かなければならなかったので、だましだまし登校していた。 前日の寝不足がたたり、フラついていた。その時、目の前に現れた先輩がニコッと笑ってくれた。 私は年下からあいさつするのが当たり前だと思っていたのに、怒りもせず笑いかけてくれた。 私は深く頭を下げ先輩にあいさつを返すと先輩は笑顔で首を振った。私は嬉しかった。

先輩は私が休みがちになっていたから、体調不良に気づいてくれたのだろうか? 私達は他の生徒達みたいに声を出すことは一切なかった。 でも、声を出さなくても、心の中で“元気かな?”とか“疲れてる?”って会話をしていたんだ。 私たちはきっと、本当に言ってなくても、言っていたんだ。 伝えたいと思っていたんだ。その時の嬉しさを今でも覚えている。

私は結果的に不登校になり、希望する未来は訪れなかった。 それでも、先輩と共有した時間は大切で、いつか私が本当に元気になれたら誰かを助けたい。 誰かを助けられなくても助けたいと思えた事が私の心の財産だと先輩に笑顔で伝えたい。

今はまだ出来なくても、私は忘れない為に“今”この気持ちを書いた。 耳が聞こえない人がいても読めるように、字が読めない人がいても、きっと字を読んでくれる人がいるから。 自分の気持ちを話す以外に相手とどんな風にコミュニケーションをとる事が大事なのかを考えることも大切なんだと私に気付かせてくれた。


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