ドンマイ

『あねとあなた』さんの作品

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『冬治、四十にしてつっ走る』

作 あねとあなた

冬治は齢四十にして、仕事を失った。首になったのではない。保証人倒れでこの酒屋は売却されるのだ。 冬治は悲しかった。しかし、生活の為に転職しようと、力強く思った。
「よし、この店にあった酒で化粧品を作って美成堂の社員になるんだ。」

明治も二十年を過ぎ、一般の女性にも化粧品が買われていたのだ。 それで、冬治は化粧品会社の社員になろうと思ったのだ。 だが、冬治は貧しい家の出で学校へ通っておらず、学が足りない代わりに、 酒を使った化粧品を作ってやる気を見せようと思った。 近所のお得意さんだったご婦人が冬治が売り歩いていた吟醸酒『初吉野』を使った化粧水で肌の手入れをすると、 肌がきれいになったと教えてくれたので、拝み倒して、作り方を教わり、初めて化粧水を作ってみた。
「えっと、酒一合、水五合、豆乳をレモンで固めて、濾した豆乳液一合か。」
初めて作った化粧水を、おそるおそる自分の肌に塗ってみた。使い方はもちろんご婦人に教わった。 一か月も使い続けると色白のもち肌になるそうだ。 夫の仕事の為にと妻や娘達が使ってくれることになった。あまった残りの豆腐はみんなで食べた。

使い始めた次の日、化粧水が臭う。ご婦人曰く、日持ちしないそうだ。 だから、ご婦人がせっかく作っても、いつも余ってしまうのだった。これは誤算である。 冬治は考えた。良質な油は腐りづらい。“はっ”とした。
「化粧用油で膜をつくればいいのでは?」
それなら、美成堂でいう“乳液”だ。さっそく作ると、三、四日と日持ちした。

そして、とうとう一か月。美成堂の面接だ。 化粧水を持って、面接に来たやる気を認められたのか、冬治は社員に採用された。 大きな会社なので、販売員として、家々を訪問した。 酒屋の売り子を三十年していたせいか、なかなかよく売りさばいた。

三年後のある日、上司から
「冬治、技術開発部へ異動して製品を作れ。」
と言われ、異動になった。

最初はやる気に満ちていた冬治だったが、白粉に鉛など、体に悪い成分を混ぜたり、 化粧品を作る為に沢山の有害なゴミが出る事がわかり、冬治は心が痛んだ。 この会社は俺には向かないとだんだん思ってきた。 そして、決定的だったのが、野菜や果物の良い部分だけを使い、残りは廃棄処分することだった。 お百姓さんが大事に育てた子ども達とも言える作物を大量に処分すること …昨日はレモン、今日は胡瓜を大量に処分した。 貧乏人の冬治にとって、食べ物を粗末にする会社の運営方法は馴染めなかった。

せっかく入った会社だったが、冬治は会社を去る事にした。 辞めたその日のうちに、農家へと向かった。そう、冬治は八百屋になると決めたのだった。 社員時代に会社が購入していた農家へ向かい、作物を卸してもらえるよう、あいさつに行ったのである。 事情を話すと、農家の人々は喜んで冬治に野菜を卸してくれると言った。

だが、金が足りず店を持てなかった。困っていると妻と娘たちが
「リヤカーで行商すればいいじゃない。それに化粧水をお客さんに粗品として差し上げたら?」
と言ったのだ。 美成堂とは違い、日持ちはしないが、食べ物を粗末にしない化粧水が、ご婦人が教えてくれた化粧水だったのだ。 そして、今度は冬治が農家の人々に
「貴方の大切に育てた野菜の料理法を教えて下さい。」
と言い、リヤカーに野菜を載せ、弁当箱にお浸しや金平等の惣菜を持ち歩き行商を始めた。 妻もリヤカーを引き行商に出た。

店を持たない小さな八百屋だったが、妻の美しい肌は、町の人達の目を惹く。 一月も経つ頃には評判になり、お客さんで溢れたという。
「奥さんの肌きれいね。」
と人々が口々に言う。すると、妻は毎回のように、
「美味しい野菜を食べてこの化粧水を塗れば、元気できれいになりますよ。」
そう言った妻の肌は陶器のように滑らかで頬紅を塗ったかのように血色もよく綺麗だった。冬治も負けずに
「この野菜は摘みたて直送―――」
などと声を張り上げ呼び込みをした。

五年後、冬治は店を構えるまでに成長した。そして昭和になるまで、この八百屋は続いたのであった。


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