『静月』さんの闘病記
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静月
僕が初めて心の病で病院にかかったのは10代の頃でした。
病院にかかるきっかけになったのは、僕の行き過ぎた自傷行為が親に発覚した事でした。当時、上手くいかない事続きで自棄になっていた僕。
高校は中退し、高校時代恋仲にあった彼女とも破局し、気分や環境はまさに”どん底”と呼べるものでした。
人間には、何かを攻撃する事で溜まったストレスや苦痛を紛らわそうとする人種がいます。僕もその一人でした。
しかし、鬱憤を晴らそうにも家にスカッと殴れるサンドバッグがある訳でもない一般家庭。負の矛先は行き場に迷い、自分へと向けられた訳です。
始めは爪で、それがエスカレートしハサミ・・・カミソリ・・・カッター・・・と徐々に道具を使い自分を傷付けるようになっていきました。
そんな自傷行為が続いたある日・・・カーペットに血を垂らしてしまい、拭く事ができずに親に発覚、病院に連れていかれる事となったのです。
当初より、僕は精神医学に興味があり少しインターネットや本等で知識を持っていたので、自分は心の病を抱えているのではないかと薄々勘付いていました。
しかし、病院では抗うつ剤等を増やされるばかりで病名を診断してもらえませんでした。
心の病を抱えている、或いは過去に抱えていた人で「自分はこんなに苦しいのに、病名が無いなんて・・・」と思った方は少なからずいると思います。
当時の僕もその類の苦悩を持っており、結局通院も続きませんでした。そんな時にインターネットで知ったのが川谷医院でした。
「若者の心の病にも強い」「病気かそうでないのかをきっぱり診断してくれる」等の口コミを見て、「この病院で診てもらおう!」そう思えたのです。
僕は川谷医院で、「病気なのかどうかを見極めてほしい」という思いでこの病院を選びました。
その時の心理は、病名を診断して貰えれば自分は病気なんだと自覚でき、ある種楽である。と思う反面、自分が他の人と違う事を認めたくないという二つの気持ちが交差していました。
そして、診断された病名は「双極性障害Ⅱ型」。躁(異常にハイになり無謀な全能感に包まれる状態)と鬱(落ち込みが激しくなる状態)が周期的に訪れるという心の病です。
この時僕は、「やっぱりか」以外考えてなかったと思います(笑)
そして、川谷先生の話を聞いたり、色んな人の話を聞いていくうちに、病気を認めたくない気持ちは薄れて、
この病気の人を持つ人特有の長所なんかはないのか、という考えに気持ちを惹かれるようになりました。
この考えに至るまでに多くの人の支えやサポートがありました。当時支えてくれた方々には感謝してもしきれません。
とはいえ、矢張り心の病。いつまでも安定して長所探しなんてポジティブな思考ができるわけでもなく、躁や鬱に幾度となく苦しめられました。
躁の時は「自分はなんでもできる!」という強い全能感から、行き過ぎた行動に走りがちになり、幾度となくお巡りさんのお世話になりました。
鬱の時は自傷や、「消えてしまいたい」という気持ちに苦しみました。
その間、安定剤、抗うつ剤の類は処方されたものを服用していましたが、効果はすぐには現れません。
そして、病の合併症状なのか、不眠を始めとした多くの症状に悩まされました。そんな苦しみを紛らわすかのように、遊びに没頭していました。
カラオケ、ゲーム、アニメ視聴、テニスに野球、好きな事にとにかく打ち込みました。これにより、ストレスを発散するようになりました。
そして、病状は次第に安定していったのです・・・。
僕の病気には、気分の波があります。ひと時安定していても、またいつ落ち込んだり上がったりするかわからないのがこの病気です。
僕が思うに、「鬱」は自然に陥る事もありますが、“引き金”になる出来事があるんじゃないかと考えています。
これは完全に僕の経験則ですが、どんなに安定剤や抗うつ剤を服用していても、引き金になる出来事があれば鬱状態になる・・・そんな気がします。
引き金は人それぞれでしょうが、挫折、失恋、過去のフラッシュバックなどが思い当たります。
さて、話を本筋に戻しましょう。僕の場合、引き金になる出来事は夢に関する挫折や失恋などが多かったように感じます。
遊んだり気を紛らわしたりでだましだましやってきましたが、やはり引き金を引いてしまうと鬱が襲い掛かってきます。
その時の「自傷をしたい、でも・・・」という葛藤は、割かし落ち着いた今でも時たまあります。
僕の鬱の引き金、失恋のあとは強い孤独感に襲われ、「自分は誰にも必要とされていないんだ」と思うようになりました。
まあ、それまでの恋愛が依存というか・・・その類の恋愛に近かったからってのもあると思いますが・・・。
この時、孤独を紛らわすためにひたすらインターネットに没頭しました。
僕の病気は1年や2年では治りません。長い年月をかけて、ゆっくりゆっくり治していくのです。その間は、苦しい事がたくさんあります。
上で言った“躁”と“鬱”に耐えなくてはなりません。どれだけ薬を飲んだって、環境そのものを変えてしまわない限り完全な安らぎなんてないのです。
16の頃に病院にかかり4年、ずっと苦しんできました。今後も恐らく、完治するまでは苦しみの連続だと思います。
でも、僕は負けません。治るまで闘病生活を続けます。